NBAバレエ団 ベラルーシ・ロシア公演ツアー記録
後援:在ロシア日本大使館、在日ロシア大使館(ベラルーシ・モスクワ)
〈失われつつあるロシアの舞踊遺産を日本のバレエ団が丁寧にひもといたことで各劇場より招聘された公演で、その成果はロシア舞踊界全体にも一石を投じた画期的な公演〉
10/21月曜日
いよいよ総勢65名による12日間にわたる公演ツァーの始まりである
持っていく作品は「時の踊り」、「幻の島」のロシアの古典と安達哲治振付のコンテンポラリー作品
「アローンアゲイン」、「時空を越えて」の2本そして同じく安達哲治作品の日本物「なごり橋」である
12時、成田発のアエロフロート航空機にて10時間5分の飛行時間の後、モスクワ時間、17時5分、無事雪のモスクワに着く。
入国審査が日本大使館のサポートもあり、心配に反してスムーズにいったため、列車発車時間までバスで赤の広場とそのそばにある、国営の百貨店などを訪れて過ごす。
天気は小雨に変わり一行モスクワの寒さが身にしみる。22時25発の夜行寝台列車にてミンスクに向かう。
2名ずつのコンパートメントによる9時間の長旅である。今回の旅はホームからバスへの積み込みは、ポーターがやってくれるが、ホームから列車、バスから劇場への搬入は男性陣の役目、ゲストの男性舞踊手も快く手伝ってくれる。
12月22日火曜日
AM7時27分ベラルーシのミンスクにつく、駅で民族衣装を着た女性たちの歓迎を受ける。皆、時差となれない寝台車のため少々寝不足気味。
今日より4泊するバラルーシホテルは予想外に立派なつくり、そして朝食はケーキつきのバイキング形式、皆満足な様子だが本番を控えて太らぬよういらぬ心配をする
朝食の後はしばし自由行動の後、夜は理事と主立ったダンサー数人が日本大使館主催の
夕食会にまねかれ、大使ご夫妻はじめ。ベラルーシ バレエ団のディレクターのエリザレフ氏ほか、ベラルーシ外務省、主催者側首脳陣との交流を深める。
12月23日水曜日
AM9時にホテルを出発、公演をするナショナルアカデミーシアターの中にあるベラルーシバレエ団の稽古場にて久しぶりのクラスレッスンを行う。広いスタジオとバレエ団専属のピアニスト、ソニアさんの美しい音楽に乗ってみんな生き生きとしてる
劇場はクラシックで優雅な装飾で飾られた客席と広いタッパと奥行きを持った風格ある作りで内部には装置や衣裳シューズなどの工房があり羨ましい限りである。
ステージの方ではスタッフの打ち合わせが始まったがここで大きな問題が起こった。
消防署のアンティファイヤー(防火)規格画基準に持ってきた紗幕がひっかかってしまったのだ
日本では紗幕の防火証明書は発行不可能なので下手をすると本番に紗幕が使えなくなるのだ、消防署員が紗幕の一部分を切り取り、持ち帰り、火をつける実験を試みることとなった、この問題は結局のところ、当日紗幕に防火スプレーを吹きかけ消防署員立ち会いの元で本番を行うことでオーケーが出た。
ステージでのリハーサルを終えた後、夜は全員ベラルーシバレエ団のエスメラルダ鑑賞に招待される。
NBAのマキシムが出演していたので一堂びっくり、そういえばマキシムはこのバレエ団出身だったのだ(3月に招聘をうけ知らずに進めていたのだが、後、マキシムの出身地であることを知ることとなった)
全体によくまとまっていてさわやかな舞台であった。21時30分より市内レストランにて夕食、おいしいロシア料理を味わいながら、テーブルを回ってくるバンドの奏でるロシア民謡にみんなのりのりで踊り出す、楽しい本番前夜祭である。
10/24木曜日
いよいよツアー最初の本番日である、この朝モスクワで大事件が起きたことをテレビニュースで知る、50名のチェチェン人がミュージカル劇場で800人の観客を人質に立てこもったというニュースである
この後、モスクワ公演を控える我々にとって非常事態である、本番日までに解決しなければモスクワへの進入禁止や他の劇場も上演禁止、政府の出方次第では民族紛争にもつながりかねない事態だそうした中で、団員たちは第1回目の本番に望む。
少し動きの堅さは感じられたが、大きなミスはなく無事終了、満席の観客はスタンディングオベレーションで暖かい拍手を送ってくれた。
一つ残念だったのは観客に配布するパンフレットがなかったこと、これでは客に作品の内容がわかりにくかったのではと思われる。
ロビーに打ち掛けを飾り、各公演ともインスタレーションとしたが、思いがけずの反響で人が集まり写真を撮ったりと賑わいだ。
10/25金曜日
この日も前日と同じスケジュールで劇場でのレッスンのあとGP、そして2回目の本番であるアンティファイヤーの方は前日やったからよさそうなものだが、又例の防火スプレーを吹きかけて本番に入る。
バラルーシは世界一美人が多い國といわれているが世界一アンティファイヤーの厳しい國でもあるようだ、
パンフレットの方も作るようにいったら、1時間ほどで立派なパンフレットを持ってきた
きっと前日もあったのに忘れていたに違いない、いかにもロシア的な悠長さである。
本番は2回目とあって全体に落ち着きが出てきたようだ。
10/26土曜日
モスクワの劇場占拠事件が警察の強行突入で多くの犠牲者を出したが、解決したニュースが流れ、まずは一同安心する、がしかしこの事件が客足に大きなダメージを与えることは必至である、この日スタッフと理事の主だったメンバーは下準備のため早朝にモスクワに向かい、残りの後発隊は21時42分の夜行寝台にて出発することになっている。
従って後発隊は夕方までバスでの市内観光と買い物を楽しむことができた、ベラルーシは市民の平均月収は6000円と低く物価もそれに相まってものすごく安い。
皆急にお金持ちになった感じで買い物を楽しんでいた。
10/27日曜日
モスクワのウクライナホテルで先発隊、後発隊合流、ホテルのレストランで朝食をとる。
ウクライナホテルはスターリン様式という建物で中央部に大きな主要部分の塔がありその両横にウイングを持ち、屋根の所々に装飾的なミナレットが突き出ている、ベラルーシよりさらに大きくて重厚なたたずまいである。
理事は翌日の打ち合わせとテロの影響で客が入らないことを予測して、モスクワ在住のミシューティンやボスクレシェンスカヤの友人、日本人会などに見に来てくれるよう働きかける、団員たちは体調の悪い人をのぞいて、プーシキン美術館等の市内観光を楽しむ。夕食は市内レストランにて
10/28月曜日
3回目の本番日、団員は朝食後ボリショイ劇場の右隣にあるクラシカルバレエ劇場のスタジオでレッスンを行った後、本番を行う向かいのユースシアターに移動、GPを行う。
19時開演、この日他の劇場は上演を自粛する中、理事の努力が実って客入りは80パーセントくらい、安達哲治理事長の今回の事件でなくなった方、苦しまれた方にこの公演を捧げますとの哀悼の挨拶を上演前に行い開幕となった。
ダンサーたちのできは前日の休養もあって動きに勢いが出てきた感じだ。
観客もテロ事件のさなか、はるばる異国からやってきた我々に最大の拍手をもって答えてくれた。この日の模様はロシアから大変な好感を持って受け止められ、サンメディアモスクワよりインタビューニュース(ダンスの放映)された。又日本国内ではNHKのニュースの取材をうけ(日本の10/29の朝2回、夜1回BS2で「ロシアもなおざりにする作品を丁寧にひもといたことにモスクワで話題となっている」と放映された)
今日から3日間連続の本番が続くが連続公演になれていない団員たちの体力が心配である。10/29火曜日
今日はボリショイバレエ学校の中にあるボリショイバレエスクールシアターでの公演である。観客はバレエ学校の先生方と学校で学ぶ生徒たちなので、より専門的な眼が注がれる中での舞台である、広い舞台はかなり激しい傾斜で、斜めの舞台で踊ったことのない団員たちは、初めのうちはどうしてもバランスが前につっこみがちになり苦労していたが、本番は全く気にすることもなく実にのびのびと踊っていた。若い人の適応能力にはびっくりさせられる。観客の中に思いがけずも20名あまりの洋舞家、記者の方々が鑑賞された。
終演後、幻の島の主役、田熊弓子がバレエ学校の生徒たちにサイン責めにあっていた。
この日の開演は16時と早く18時にはここを出発して次の公演地ニージニノブゴロドに移動しなければならない。
6時間のバス移動で深夜の零時には目的地に到着の予定であったが、これが大誤算7時間たっても8時間たっても延々とバスは闇の中を走り続ける。AM2時20分、前方を警察の車が塞ぐ、一同検問かとどきどきする、日本大使館から団体の保証書を通行証としてもらってきているものの、事件の後なのでチェチェン人の団体と間違われないだろうか。
などとよけいなことを考えてしまうバスは前後をパトカーに先導されてさらに細い道を森の中へと入っていく、そして突然到着しましたのこえ、そこは子ども達のために作られた森の中のペンションであった。AM3時結局バスは9時間かけてニージニノブゴロドに到着したのである
10/30水曜日
午前中の市内観光を取りやめ、ひる近くまで全員睡眠をとりバスの長旅の疲れをとる、この日は各自劇場でウォームアップをしゲネを経て本番に備える。
理事は午後からジャパンセンターを訪れ、ここの市民が非常に日本に関心を持っていること、来年からは経済面だけではなく文化面でもセンターが日本から訪れる人々へのバックアップができるようになることなどを聞く。
その後、市庁舎に表敬訪問に訪れる。すると驚いたことに我々はいきなり記者会見場に通され安達哲治理事長は中央のひな壇の市長の横に座らせられ20人あまりの地元の記者たちとの質疑応答となる、こんなところにも地元の人たちの日本への関心がいかに大きいものであるかが感じられる。
そしてそれを、裏付けるようにニージニに滞在中、我々の移動には常にパトカーの先導がつき、赤信号無視のVP待遇を味わった。ダンサーたちは今夜のニージニノブゴロドオペラ劇場での本番が最後のステージとなるので疲れた体にむち打ってがんばる気迫である。
テロの直後なので扉々に警察官がたっており、中にはマシンガンを持っている人もいる。
重々しい警戒の中、満席の客席からの盛大の拍手に乗せられるように、残るすべてのエネルギーをぶつけて見事に踊りきった。この公演は地元の5つのテレビ局よりインタビューを受け、舞台の模様は実況放映された。
特に日本文化に興味がある土地柄か最後のなごり橋にはブラボコールが飛び交い警備の警官も袖にきて見ていた。
終演後ホテルでの打ち上げをかねた夕食の時、全員の顔には一つの大きな仕事をやり遂げた喜びが満ちていた。
10/31木曜日
飛行機に乗り遅れないよう早朝5時出発でモスクワに向かう。全員昼頃までバスの中で寝ていたが、やがて眼をさますとバスの車窓に流れるロシアの風景に魅入っていた。
雲間から光が差し、今回のツアー2度目の青空が顔をのぞかせ、延々と続く荒野、白樺林そして時々、身を寄せ合うようにたっているトタンの3角屋根の質素な民家など夜中の移動がおおかったツアーだったので、初めて見るロシアの田舎の風景である。
バスがモスクワに近づくと雪がぱらつき始め、図らずも雪に迎えられ、雪に見送られれることとなった。
11/1金曜日
金曜、予定より1時間遅れで成田に到着、解散となる。
今回のツアーはロシアへの道をつけてくださった薄井憲二先生、準備段階でロシアの外務省との折衝、日本とは全く違う事務手続きや国民性の違いに翻弄され大変な苦労をした安達哲治理事長、久保栄治事務局長、そしてツアーで裏方役に徹してサポートした理事たち、
快く荷物の搬送、衣裳の片付けなどをお手伝いして下さったゲストの男性舞踊手、随行の会員の先生かた、さらに外務省、日本大使館の方々これらの力が結集したことにより
はじめて為しえたことである。
ダンサーたちはバレエの先進国に乗り込み、長時間の移動にもかかわらず5公演を踊りきることができ、そして目の肥えた観客から絶大なる拍手と賞賛を受けてことを大きな自信として今後の舞台活動に反映していってほしいものである。