海外ゲスト
審査員 |
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審査員長
薄井憲二 |
日本バレエ協会会長 京都バレエ専門学校教授 舞踊歴史研究家 1924年東京生まれ。東京大学経済学部卒。東勇作、ヴィタリー・オシンズ、アレクセイ・ワルラーモフに師事。モスクワ、ヴァルナ、ジャクソン国際バレエ・コンクール審査員を歴任。現在日本バレエ協会副会長、ロシア国立モスクワ・ボリショイ・バレエアカデミー名誉教授。 ・著書「バレエ 誕生から現在までの歴史」ほか ・訳書「バレエ」「踊る大ニューヨーク」ほか |
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ボリショイバレエ学校
The Bolshoi Ballet Academy
校長
マリーナ・レオノワ
Marina Leonova
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モスクワ生まれ。1963年モスクワアカデミックスクール振付科に入り、ロシア共和国の国民的芸術家/ガロフキナ教授に直接指導を受ける。学校卒業後、国立ボリショイバレエ劇場に招かれる。ボリショイ劇場では、種々様々なバレエの役を踊る。彼女の得意とする作品を一部紹介すると:プロコフィエフ作「石の花」の“鉱山の女主人”役、ハチャトリアン作「スパルタクス」の“エギータ”役、アダンの「ジゼル」、メリコヴァ作「愛の伝説」の“メフメンバヌ”役、ストラビンスキー作品の“火の鳥”等々。更に「ライモンダ」「ロメオとジュリエット」、「白鳥の湖」、「ドン・キホーテ」にも出演。2002年4月からはモスクワ国立バレエアカデミー(ボリショイバレエ学校)の校長となる。レオノワの教え子達の中には、いろいろな受賞者達:国立ボリショイ劇場ソリスト−E.アンドリエンコ、A.ヤツェンコ、更にA.ハザノワがいる。又世界中の子供達を数多くのバレエコンクールで入賞に導いている。例えば、ローザンヌバレエコンクールで1995年日本の康村和恵−パリのバレエコンクールで2位入賞、1998年ペルミ「アラベスク」で韓国のベ・ジュン・ユンが第1位、針山愛美は1997年パリのコンクールで2位、また韓国のキム・ジュ・ポンはモスクワ国際バレエコンクールで2001年3位入賞等々輝かしい指導者である。
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モナコ王立グレースバレエ学校
Academie de Danse Classique Princesse Grace
主任教師
ローラン・ホゲール
Roland Vogel |
シュツットガルトに生まれる。1986年、シュツットガルトバレエ団に入団。1994年ソリストに昇格し、1997年にはプリンシパルに任命される。以後、ジョン・クランコによる「ロミオとジュリエット」など多くの作品全ての重要な役柄を踊る。クランコ作品以外でも「白鳥の湖」など古典作品の多くで主演。また、ロイヤルバーミンガムバレエ団やハノーバーバレエ団にもプリンシパルとして客演した。1999年にはジョン・クランコの名作「オネーギン」のタイトルロールの演技に対し、ブノワ・ド・ラ・ダンス賞。(毎年、前年度に最も活躍したダンサーと振付家に与えられる世界的に名誉ある賞)にノミネートされた。プロフェッショナルダンサーに成る前から、モナコグレース王妃ダンスクラッシックアカデミーのマリカ・ベゾブラゾヴァ校長の指導を受け、同アカデミーの忠実な支持者となる。その後、指導者としての優れた資質が認められシュツットガルトバレエ団退団後の2003年から同アカデミーの正教師として迎えられた。2004年1月に行われた第8回NBA全国バレエコンクールでは、ベゾブラゾヴァ女史からの絶大なる信頼を受け、彼女の代理として審査員を務め、才能溢れる将来のダンサー発掘に貢献している。 |
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ミラノ・スカラ座バレエ学校
Scuola di ballo dell' Academia d'Arti e Mestieri dello Spettacolo del Teatro alla Scala
校長
アンナ・マリア・プリナ
Anna Maria Purina
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アンナマリアは9才でスカラ座バレエ学校に入学し、1960年卒業証書を取得、1963年にはモスクワボリショイ劇場の上級クラスに入学を許可される。又、キーロフバレエスクールで、2年間学んでいる。スカラ座シアターでは、クラシック・アカデミック・バレリーナとしてモダンの解釈をし、多くの重要な役を演じ続けた。アカデミックバレエの上級クラスを終了後、1974年そこで「Sovrintendente Paolo Grassi」と呼ばれ、ミラノ・スカラ座バレエ学校を現在まで校長として指導している。アンナ・マリアは、1976年より年間スクール公演を制作・主催している。1979年イタリア教育省は彼女を優秀・高度な教育指導者としての賞「a
First Degree Master Diploma and Clear Fame Qualification for Teaching」を授与している。また、ローザンヌ、モスクワ、名古屋等多くの世界のコンクールの審査員にも招待されている。更にロシアのクラシックバレエ教本を翻訳したり、バレエ辞典、書物、雑誌を執筆したりもする。1995年には初めてクラッシク・メソッド本を出版したり、スカラ座シアターはじめ他劇場でもさまざまな振付を担当している。 |
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ハンガリー国立ブダペストバレエ学校
Hungarian Dance Academy
元校長
イムレ・ドージャ
Imre Dozsa
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1959年 ハンガリーバレエ研究所(現ハンガリアンダンスアカデミー)を卒業
1963年 すぐにハンガリー国立オペラに入り、ソロダンサーとなる。ここでコンテンポラリーのみならず、クラシックバレエの主要な男性のパートをほとんど踊った。(くるみ割り人形、眠れる森の美女、白鳥の湖、ジゼル等々。)また彼は異なった振り付けによる以下の作品で大成功を収めた:バルトークの「中国の不思議な役人」、「かかし王子」、またモーリスベジャールの「春の祭典」や「火の鳥」など。振付家の中でLaszio SeregiやAntal Fodor等は彼が前に主役を踊った作品を振り付けている者もいる。さらに彼は、ハンガリー国立オペラだけでなく、ストックホルム、ベルリン、その他ヨーロッパ各地で定期的にステージに立っている
1985,1986年 − ハンガリー国立オペラのバレエ ディレクター.1989 − 1992 − Santiago
de Chile Operaのバレエ ディレクター,ストックフォルムロイヤルバレエ、デュッセルドルフオペラを初め多くのバレエ団で教師として招かれている。*
1979年 ハンガリーバレエインスティテュートのジェネラルディレクターとなり、これをアカデミー学校とするのに尽力した。 ブダペストジュニアバレエで、アカデミー学校の競争相手と共に2000年に初演した「くるみ割り人形」等により自分自身のためのみならずまた学校のために偉大な業績を残した。彼はまた数々の名誉ある賞を受賞したが、中でも際立ったすばらしい賞は「コシュート賞」といい、ハンガリー政府が文化面で優れた業績を収めた人を選び大統領から手渡される賞だということです。 |
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ウィーン国立歌劇場バレエ学校
Ballettschule der Wiener Staatsoper
エヴェリン・テリ
Evelyn Teri
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ジョン・クランコ・スクール(国立シュツットガルトバレエ学校)
John Cranko-Schule
校長
タデウス・マタッチ
Tadeusz Matacz |
マタッチ氏は、ワルシャワのステート・バレエ・スクールを卒業後、ワルシャワ・グレート・シアターでプリンシパルになった。
1984 − 1992年Karlsruheの州立Badischeシアターのソリストを、1992 − 1998バレエマスターになり、このシアターの振付を担当した。
1999年からシュツットガルトのジョン・クランコ・スクールの理事になり、世界各国のコンクールの審査員として数多く招待されている。
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イングリッシュ・ナショナル・バレエ学校
English National Ballet School
校長
ジェーン・ハケット
Jane Hackett |
ジェーン・ハケットはロイヤルバレエスクールでバレエを学び、続いて英国、ドイツ、オールトリア、イタリア、メキシコ等のバレエ団で数多く踊ったり、振付も担当している。
ジェーンはクラシックだけでなくバランシンを始め新作ものまで幅広いレパートリーをこなしてきた。
教師の時代を経て、その後サドラーズウェルズロイヤルバレエ団、バーミンガムロイヤルバレエ団の教育を担当し、若い才能あるダンサーに「よいチャンスを」与えようとロイヤルバレエ団の教育システムを研究・実践してきた。
一方バーミンガムロイヤルバレエの教育のトップとしてダンサーの資格・取得コースを設立している。
ジェーンは更にスクールはすべてのコースで高い水準を保ち、各生徒は一人一人に合ったガイダンスを受けてその才能を十分生かせる機会を与えられるべきであるとの方針を打ち出している。
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ジョランサ・シーフリード
ウィーン国立歌劇場バレエ学校主任教師 |
1964 オーストリア・ヴィエナ出身.
1971 79 ウィーン国立歌劇場バレエ学校、カンヌのローゼラ・ハイタワーズ“センター・ドゥ・バレエ、インターナショナル”にてガブリエル・ポペスクと共にクラシックバレエを学ぶ
1979 2003 ウィーン国立歌劇場バレエ団団員
1984 ソリスト昇格
1998 第一ソリスト昇格
“オデット/オディール”, “ライモンダ”, “ドン・キホーテ”, “眠れる森の美女” (ヌレエフ版・ライト版), “ロミオとジュリエット”
(クランコ版), “ラ・フィール・マルガルデ” (アシュトン版)等 の主役を踊る。また、バランシン、アルピーノ、バン・ダンツィーク、マシーン、マクミラン等のレパートリーがある。ノーマイヤー、キリアン、ヴァンマーネン等と共に仕事をし、ピーター・シャウフス、マニュエル・ルグリ、ハランゴゾ、タマス・ソリモジ等とパートナーを組む。
ウィーン国立歌劇場バレエ団でヨーロッパ、日本、韓国、イスラエル、キューバなど各国を巡業。
1994 “Fanny Elssler-Ring”受賞
2004 オーストリア政府芸術科学賞 受賞
2001 ウィーン国立歌劇場バレエ学校教師就任
2001 2003 障害者とのダンスプロジェクト“オフバレエスペシャル”にたずさわる
2004〜 ウィーン国立歌劇場バレエ学校主任教授として常務就任中 |
国内
評論家
(五十音順) |
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うらわまこと |
舞踊評論家 松蔭大学教授(経営学) 1950年代に戦後初のバレリーナ松尾明美の相手役として「ジゼル」、「コッペリア」、「白鳥の死」など多くの古典全幕や創作作品を踊り、その後舞踊評論に。
芸術祭、芸術選奨、海外・国内研修員など多くの文化庁関係および芸術文化振興基金の審査委員、選考委員を歴任。松山バレエ団、橘秋子記念財団、服部智恵子、江口隆哉、河上鈴子、中川鋭之助などの賞の選考委員、全国(東京新聞)、こうべ全国、埼玉、北九州などの各種コンクール審査委員。オン・ステージ新聞、バレリーナへの道、ダンスマガジンの他、東京新聞はじめ各地の新聞、雑誌に寄稿。
新国立劇場舞踊専門委員、評価委員。 全国公立文化施設協会の事業活性化アドバイザーとして、セミナーやワークショップの企画・実施、機関誌への執筆、ビデオや解説書の作成などを行っている。
舞踊評論家 松蔭大学教授(経営学) |
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藤井修治 |
東京大学法学部卒業。大学では法律を学んだのに、日本放送協会(NHK)に入って間もなく、テレビ番組を若いうちに作って見たいと思い直し、まずクラシック音楽のテレビ番組の制作を始める。シンフォニーなどの番組から歌劇や洋舞の番組を量産。特にバレエやモダンダンスの番組を作り続けたことも影響して、在職中から洋舞を中心に批評や評話を書き始めている。 早めにNHKを退職してフリーのディレクター、評論家として活躍。しかし21世紀に入ってからは、もっとのんびりと芸術全般や自然などについて書いている。 |
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山野博大 |
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寺村 敏 |
舞踊ジャーナリスト。読売新聞文化部記者(音楽・舞踊を25年間担当)を経て独立。ダンスマガジン誌などに執筆。芸術祭、芸術選奨、芸術文化振興基金などの審査員・選考委員を歴任。日本照明家協会賞選考委員。共著『芸談』。 |
舞踊家
審査員
(五十音順) |
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安達哲治 |
1948年生まれ。6歳より近藤博に手ほどきを受け、同志社大学入学とともに有馬龍子に師事し、バレエ団のエトワールとなる。上京後、1973年、漆原宏樹の内弟子となり、牧阿佐美バレヱ団に入団、ソリストとして又、京都バレエ専門学校の教授として長年活躍する。 その間、パリ・オペラ座スタイルをイヴェット・ショヴィレ、ミッシェル・ルノーより修得し、あらゆる作品の解釈等、手ほどきを受ける。 1994年より振付師としてスタートするが、それまでに海外公演の主役やゲスト・アーティストとして13回にわたり出演する。特に創作バレエにおいてヨーロッパで絶賛された。1997年よりNBAバレエ団の芸術監督に就任し、すでに古典、創作作品を多く振付し、理知的作風に注目を受けている。舞踊作家協会会員。ジャクソン国際コンクール審査員。1979年、専修学校教員認定授与。1992年、文化庁芸術祭賞受賞。1993年、文化庁在外特別研修員(ロイヤル・バレエ団、パリ・オペラ座、オーストラリア・バレエ団にて研修)。2004年、橘秋子賞特別賞受賞 |
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浅野正 |
ダンス・クラシック演出振付家 教師 日本大学芸術学部演劇科卒業。武内正夫、江川明、松山樹子の各師に師事。 松山バレエ団の《白毛女》で抜擢され《紅色娘子軍》に主演。日本全国、また4回の訪中公演、イタリア、英国、ギリシャ等の公演に主役として参加。デンマークのブルノンヴィル・メソッドに傾倒。《ラ・シルフィード》のジェームス、《ナポリ》のジェンナーロをはじめ、《ロメオとジュリエット》のパリスなどの性格俳優的なもの、《セレナード》のプリンシパル等、バランシンの作品などでも高い評価を得た。 京劇をこよなく愛し、その精神と技法を取り入れ《河(ピアノ協奏曲「黄河」)》《未完成交響曲》《春節序曲》《コンセルヴァトワール》《弓舞》をはじめ全ての作品に反映している。現在、NBA全国コンクールや北京での日中友好クラシックバレエコンクールなどの審査員を務める。NBAバレエ団教師。バレエTAMA 相模原市洋舞連盟 日本ワーグナー協会 日本シベリウス協会各会員 |
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有馬えり子 |
京都バレエ専門学校 校長/有馬龍子バレエ団 代表 故有馬龍子の次女として京都に生まれ、母のもとで3歳よりバレエを始める。ほかに故有馬五郎、故服部智恵子、故江川明、故井上博文、島田廣、薄井憲二、石田種生に師事。
1976年、ドイツ・シュツットガルト・バレエ学校に留学。帰国後、京都バレエ専門学校開校記念公演にてオディールを踊る。その他、海外公演に参加。
1977年、同志社大学文学部文化学科美学卒業 高等学校教諭2級普通免許取得 京都バレエ専門学校卒業
専修学校専門課程教員資格取得 1993年 故有馬龍子の跡を継ぎ、2代目校長に就任
現在、NBAバレエコンクール審査員/ザ・バレコン名古屋審査員 所属:日本バレエ協会会員/国際芸術家協会会員/京都日仏協会会員/全京都洋舞協議会会員
京都バレエ専門学校 校長/有馬龍子バレエ団 代表 |
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石田種生 |
多くの古典バレエや「バフチサライの泉」「オセロ」に主演する一方で「枯野」「祇園祭」「女面」をはじめ、原爆をテーマにした「ヒロシマのレクイエム―うしろの・しょうめん・だあれ」など、日本の風土的バレエを創作。
橘秋子特別賞、ニムラ賞、東京新聞・舞台芸術賞のほか、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章を受章。
現在、東京シティ・バレエ団理事。新国立劇場運営財団理事。多くの古典バレエや「バフチサライの泉」「オセロ」に主演する一方で「枯野」「祇園祭」「女面」をはじめ、原爆をテーマにした「ヒロシマのレクイエム―うしろの・しょうめん・だあれ」など、日本の風土的バレエを創作。 |
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今田真規子 |
10才の時、服部島田バレエ団の古藤かおる先生よりバレエの手ほどきを受ける。その後、本格的に勉強するため、小牧バレエ学園に入学、大滝愛子先生の元で研鑽、舞台、テレビなどに出演 1967年今田バレエ研究所設立、生徒の指導に当たる傍ら香取紀代子先生の元でフラメンコを学び、公演にも参加、現在西東京市にスタジオ、練馬区、埼玉県上尾市などに支部がある。 |
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岩木団次 |
1956年3月生まれ。山口県出身。 1980年、渡仏。 1981年、クラシカル・ド・パリに入団。 1982年、フランス リール市、オペラ・ド・ノードに入団。 1983年、帰国と共に牧阿佐美バレヱ団に入団。 現在、埼玉県東松山市にスタジオ「ル・クール・ド・バレエ・いわき」を開設。 NPO法人 NBAバレエ団理事。 |
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漆原宏樹 |
漆原宏樹
1937年東京まれ
1953年横山はるひバレエ・アート・スクール入学
1968年音楽新聞新人賞受賞
1973年文化庁派遣在外研修員として、ニューヨーク、ブリュッセル、
パリ、ロンドンに1年間留学
漆原宏樹バレエスタジオ主宰
(社)日本バレエ協会常務理事
埼玉舞踊コンクール、全日本バレエコンクール、
神戸バレエコンクール、北海道バレエコンクール、
NBAバレエコンクール等の審査員を務める
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榎本晴夫 |
NBAバレエ団 エグゼクティブアドバイザー。井川けい子バレエスタジオ代表。YAGP日本側代表。日本大学芸術学部に舞踊と演劇を学ぶ。内藤瑠美にバレエを師事し、東京シティバレエ団、小林恭バレエ団を経て現在に至る。1977年、日本バレエ協会公演にて新人賞受賞。1982年、小林恭バレエ団「ペトルーシュカ」にて主演
1984年、日本バレエ協会公演「イザベル」で振付奨励賞受賞。1989年、日本バレエ協会第27回バレエフェスティバル(文化庁助成)にて「鳥になった男」を振付。1993年、日本バレエ協会公演(文化庁助成)にて「夢・恋・旅だち」を振付。1999年、日本バレエ協会公演(文化庁アーツプラン21・芸術創造基盤整備事業、新国立劇場オペラ劇場)にて「My・フォーシーズン」を振付。2001年、NBAバレエ団公演ゴールデン・バレエ・コー・スターにて「ディベルティメント」を振付。2005年、10月、英国チャールズ皇太子殿下よりバッキンガム宮殿皇太子殿下主催晩餐会に招待され出席。ダンサーとしては、日本バレエ協会公演・「NHKバレエの夕べ」他に於いてソリストとして出演。振付では「ヘンゼルとグレーテル」「第九にのせて」「クララの夢」「誕生日」「私の心はマリオネット」等オリジナル作品をはじめ、「シンデレラ」「ラ・フィユ・マル・ガルデ」「ジゼル」「コッペリア」等、全幕バレエの演出・改訂振付を手掛ける。 |
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大畠律子 |
1966年橘バレエ学校入学 牧阿佐美・三谷恭三・大原永子・清水洋子に師事
1981年AMスチューデンツ第1回公演に於いて「ラ・シルフィード」の主役を踊りデビュー
1983年橘バレエ学校卒業と共に牧阿佐美の重要なソリストとして入団
1987年埼玉全国舞踊コンクール第1位橘秋子賞を受賞,牧阿佐美バレエ団では「白鳥の湖」「クルミ割り人形」「ホフマン物語」「ライモンダ」「ドンキホーテ」「ラ・フィユマルガルテ」などの全幕の主役を踊るほか、高度なテクニックと軽やかな踊りを持ち味にG・バランシン振付の「チャイコフスキー パドゥドゥ」「ルビー」などでの主演に高い評価を得ている.また日本バレエフェスティバルや東京バレエフェスティバルにもたびたび出演し、新国立劇場においても「テーマとヴァリアシオン」のプリンシパルを踊る。
1989年村松賞,1991年松山バレエ団芸術奨励賞,1991年橘秋子賞優秀賞など,多くの賞を受賞している |
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岡本佳津子 |
東京都出身。7歳で橘バレエ学校に入り、翌年には新橋演舞場で「ゴセックのガボット」をソロで踊る。14歳で小牧バレエ学園女学生クラスへ移る。学業とバレエレッスンを続ける傍ら、1959年テレビドラマ「春のバレリーナ」の主役バレリーナ役で女優デビュー。連続ドラマ「風林火山」に由布姫、「泣いてたまるか」シリーズのヒロインなど多くのドラマに出演。17歳で小牧バレエ団に入団。1962年東京都芸術祭公演で「白鳥の湖」のオディール役を踊り主役としてデビュー、高い評価を受ける。続き1963年には「ジゼル」のジゼルを踊る。以後、日本バレエ協会、東京バレエセンター等、多くの舞台にゲストとして招かれ、「白鳥の湖」など数多くの作品の主演を果たす。第1回井上バレエ団公演で井上博文と「ゼンツァーノの花祭り」を踊る。1969年「マイ・シンデレラ」ではモデルの団次郎を王子に配し話題を呼んだ。1976年、アントン・ドーリンより直接「パ・ド・カトル」の指導を受ける。この間、文化庁移動芸術祭、青少年芸術劇場等の公演のすべての舞台の主役を踊る。1983年には第37回公演でシリル・アタナソフをパートナーに踊った「ジゼル」により舞踊批評家協会賞を受賞。1984年には橘秋子賞優秀賞受賞。その後、井上博文の後を受けて、財団法人井上バレエ団の常務理事に就任。1992年の7月公演「ジゼル」の主役を踊って現役を引退し、その後はバレエ学園の園長も兼任し、後進の指導に当たる。2005年橘秋子特別賞受賞。財団法人井上バレエ団常務理事/井上バレエ学園学園長/日本バレエ協会常務理事/世田谷クラシックバレエ連盟代表/岡本佳津子のスペシャルクラス主宰 |
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金井芙三枝 |
江口隆哉門下 お茶の水女子大学卒業、日本女子体育大学名誉教授 ,現代舞踊協会常務理事
1967 芸術祭奨励賞 1973 文化庁在外派遣(米・欧) 1989 内閣総理大臣賞
1998 松山バレエ団芸術賞 1999 江口隆哉賞 2001 文化庁長官表彰 2003 旭日小綬章
代表作:「砂の女」「樹魂」「嵐が丘」「風林火山」「いのちの声」他 |
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カヨマフネ |
千葉シティ ジュニアバレエ団 団長/カヨ マフネ クラシックバレエスクール
主宰。1946年生まれ。松竹少女歌劇団 松竹音楽舞踊学校第20期生 首席卒業。渡欧、イタリア・ローマにてヴァレリア・ロンバルデイ、アンドレイ・グロモフ・クラマレフスキーに師事。ローマ、アルジェンティーナ劇場にてペトルーシュカの初舞台以降、主役として「ジゼル」「レ・シルフィード」「コッペリア」「ドン・キホーテ」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「海賊」「ノートルダムのせむし男」他数々の古典に出演。牧阿佐美バレヱ団入団。ジャック・カーター振付による初演グラン・パ・ド・フィアンセに抜擢され以降、白鳥の湖など数々の公演に出演。「カフラスとアフメス」主演を最後に病のため現役を引退、以後、牧阿佐美バレヱ団に於いて日本で始めてバレエミストレスという役職に。牧阿佐美氏に一代目バレエミストレスとして任命され「くるみ割り人形」「ラ・シルフィード」「バヤデール」「祇王うたかた」、テリーウェストモーランド氏による「白鳥の湖」「ライモンダ」「眠れる森の美女」ほか各公演に従事し、牧阿佐美バレヱ団のコールドバレエの美しさを不動のものとし、1980年にはバレエ団公演で[三つのオレンジへの恋]の創作を発表以来、千葉シティバレエ及びカヨ・マフネ
クラシックバレエスクール設立、「黄河組曲」「シルクロード巡礼のたび」「月の想い」など創作活動で現在に至る。 |
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木村なつみ |
日本バレエ協会、現代舞踊協会、板橋区洋舞連盟に所属。 モダン・ダンスを石井不二香に師事、クラシックバレエを友井唯起子、NM・アザーリン、KN・マールシェイワに師事。
1980年 余芳美教師クラス卒業。 1999年より板橋区洋舞連盟会長を務める。 |
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久保紘一 |
牧阿佐美バレヱ団出身。 国内コンクールでの数々の受賞後、1989年旧ソ連邦の第6回モスクワ国際コンクールにて男女合同、シニア・ジュニア総合での一位なしの二位を受賞し、渡米、ボストンバレエ団ゲストなどを経てコロラドバレエ団に1991年よりプリンシパルとして入団。その後、同バレエ団のすべての公演にて古典作品の「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「ドン・キホーテ」「コッペリア」「シンデレラ」[ジゼル」「ロミオとジュリエット」などを主演、バランシンや創作作品の主役を踊る。米国ベイル市での世界ガラ出演やニューヨーク公演の成果により米国内のダンスマガジン誌の特集記事の表紙に紹介され、米国内でファンも多い。日本国内ではゴールデンバレエコースター、日本バレエフェスティバル、青山バレエフェスティバルなどに出演している。 |
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久保幸子 |
当時、一世を風靡した谷桃子バレエ団で全国津々浦々、天才的プリマバレリーナ谷桃子と共に、ソリストとして長きにわたり活躍した。またその間、NHK・民放の番組等で同バレエ団と共に幅広く活躍したのち、1965年「久保幸子バレエ研究所」を創立し40年余りの間、主宰者及び教師として子供から大人、プロフェッショナルの育成指導に励み、沢山のバレリーナを世に送り出すとともに、東京新聞主催、全国舞踊コンクール、埼玉舞踊コンクール、NBA全国バレエコンクールなどに上位入賞者を数多く輩出している。
1994年には、現在の「NPO法人・NBAバレエ団」を立ち上げ、幹部4役の一人、バレエ局長として同バレエ団の全組織・全公演の活動に携わり、芸術総監督:安達哲治の右腕として、なくてはならぬ存在として活動中。
尚、愛弟子の村上摩佐子と清水彩妃らも現在NBAバレエ団にて共にソリストとして活躍中。 |
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小山久美 |
慶應義塾大学文学部哲学科卒業。 1979年、スターダンサーズ・バレエ団入団。
1984年、North Carolina School of the Artsに留学。 その後、文化庁在外研修員としてアメリカにてメリッサ・ヘイドンに師事。翌年より、フロリダのタンパ・バレエ団に参加し、ソリスト等で活躍。
帰国後は、ピーター・ライト版「ジゼル」をはじめ、アントニー・チューダー、ジョージ・バランシン、ケネス・マクミラン等、当バレエ団公演の数多くの作品に主演している。
1992年、村松賞受賞。 2003年、スターダンサーズ・バレエ団代表、総監督に就任。 |
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近藤若菜 |
4歳よりクラシックバレエを学ぶ。 東京新聞主催全国舞踊コンクールバレエ第2部に於いて、第一位第二位独占、文部大臣賞を受賞。
松山バレエ学校を経て松山バレエ団入団、松山樹子、清水哲太郎、森下洋子らに師事、プリマとして育てられる。
文化庁国際交流基金の奨学生としてオーストラリア国立バレエ学校留学。 国内の公演をはじめ、中国・イタリア公演、イギリスでのヌレエフフェスティバル、ギリシャ公演などにソリストとして参加。
ルドルフヌレエフ版、ドン・キホーテに於いて、キューピッドを踊り、絶賛される。
退団後、伊勢崎にて有華バレエスクールを開校、現在に至る。 |
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佐々木真由美 |
長野県出身、幼少より始めたバレエとジャズダンスを生かし、大学時代は解剖学、運動生理学、栄養学などを通じてクラシックバレエを深く科学的に探求した。
後に自身の腰や膝の怪我の治療を通じてバレエの力学を研究し開拓した権威で、2002年からはアリスダンススクールを開設し後進の指導と育成にあたっている |
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佐藤宏 |
東京都出身。16歳より北原秀晃に師事。19歳で東京バレエ団に入団、ソリストとして多くのレパートリーをこなすが、特にR.ハインド振付の「マルコポーロ」のタイトルロールはベニス、ロンドン等で好評を博し権威あるバレエ雑誌「リド」にも掲載された。その後、東京バレエ団芸術監督に就任。ベジャール振付「ボレロ」他の監修にも当たった。
同バレエ団退団後は武蔵野シティバレエに実行委員として参加。現在は創作振付家としてバレエコンテンポラリーカンパニー"ラ・ダンス
コントラステ"を主宰し多くの作品を発表している。 受賞歴:日本バレエ協会振付賞 キリンコンテンポラリーアワード奨励賞 |
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執行伸宜 |
1960年より父執行正俊、粕谷辰雄氏に師事する。65年チューダーバレエ特別公演を機にスターダンサーズ・バレエ団に入団。尺田知路、遠藤善久、ロイトバイアス、関直人、チューダー、クルトヨース、バランチン等多くの振付家の作品に主演する。一方、東京バレエセンター他多くのバレエ団に客演し、主役又はソリストを踊る。また振付者としても個人リサイタル、スターダンサーズ・バレエ団公演等で多くの作品を発表している。96年に日本バレエアカデミーに参加、NBAバレエ団に[コッペリア]、[ボレロ]を振付ける。又、98年の粕谷バレエ団公演においても、[ピノキオより愛をこめて]を改訂発表している。海外では、85年、88年の2度エジプトのカイロバレエ団に[動と静]、86年に中国の中央バレエ団に[蕩々たる一衣帯水]を振付ける。2002年に舞踊作家協会会員となり、度々芸術監督を務める。
現在、執行バレエスクールを主宰する傍ら、杉並洋舞連盟会長、NBAバレエ団芸術局長、国立音楽大学講師を兼任している。 |
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鈴木直敏 |
長野県出身。松本深志高校在学中より松本市青木千枝子バレエ教室にてバレエを始める。1969年、江川明氏に師事。1970年、日本バレエ協会公演「伯爵家の舞踏会」壮士役にて初舞台、以来日本バレエ協会、松山バレエ団、谷桃子バレエ団、貝谷バレエ団、小林恭バレエ団公演、NHKバレエの夕べ、NHKイタリアオペラ公演等数多くの舞台に出演。1977年、牧阿佐美バレエ団入団。1978年、牧阿佐美バレエ団ヨーロッパ公演(イタリア、フランス、イギリス、イスラエル)に参加。1978年〜1979年、ヨーロッパ研修。主にパリにて元パリ・オペラ座芸術監督レイモン・フランケッティに師事。他フランクフルトバレエ団、デュッセルドルフバレエ団、カールスルーエ劇場バレエ団等で研修。現在に至るまで牧阿佐美バレエ団団員として「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「ライモンダ」「リーズの結婚」「コッペリア」「ラ・シルフィード」「ジゼル」「ドン・キホーテ」「ロミオとジュリエット」「三銃士」「ナムーナ」等数多くの公演に出演。早稲田大学英米文学科卒業。埼玉県全国舞踊コンクール東京新聞社賞受賞。牧阿佐美バレエ団団員。NBAバレエ団理事。鈴木直敏・恵子バレエスクール、「ル・プルミエユースバレエ」主宰。品川プリンスホテル「コッペリアアーティストスクール」バレエ講師。 |
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鈴木稔 |
1958年 東京生まれ。 1977年 小林紀子バレエ・シアターに入団。 1983年 渡米。ニューヨークのチェンバー・バレエ団に入団。翌年コロラド・バレエに移籍し、多くの公演に参加。
1986年 帰国。帰国後は多くのバレエ団に客演するかたわら、振付家としても盛んな活動を展開。
1993年 スターダンサーズ・バレエ団入団。バレエマスターに就任。 1999年 文化庁在外研修員としてウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエ団にて研鑽を積む。
2000年 帰国。 また、NHKニューイヤーオペラコンサート、日本フィル夏休みコンサート、藤原歌劇団オペラ公演などのバレエシーンの振付も手がけている。近年では日比野克彦、ひびのこずえなどのアーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。
日本バレエ協会振付奨励賞、音楽舞踊新聞村松賞、芸術選奨文部大臣新人賞など多くの賞を受賞している。 |
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セルゲイ・サボチェンコ |
NBAバレエ団 プリンシパル。8年間ボリショイバレエ学校にてマラーホフと同じ教師に学んだ後、モスクワ、オデッサなどのバレエカンパニーにて主役を踊る。「ラ・バヤデール」「ロミオとジュリエット」「白鳥の湖」「ドン・キホーテ」「レ・シルフィード」「くるみ割り人形」「ラ・フィユ・マル・ガルデ」などの主役を踊った。ヨーロッパのカンパニーでの活躍は、ドイツ・ハノーバー州立劇場のプリンシパルとして、ハンガリー国立バレエ団のゲストなど多くの劇場でゲストとして活躍。また、古典作品のみならず、モダン作品や多くのバランシンの作品を主演している。数々の国際ガラコンサートにも出演し、第5回ゴールデン公演にも客演している。 現在、NBAバレエ団プリンシパルとして契約。その正確な動きには定評があり、多くのファンを持つ。すでに2002年NBAバレエ団海外公演に主演、その後すべての公演で主演する(イワーノフ版「くるみ割り人形」ハンガリー公演、エスメラルダ、コッペリア・・・・・)。 コンクール受賞歴 1995年、パリ国際バレエコンクール ファイナリスト。1996年、ヘルシンキコンクール ファイナリスト。1997年、ブタペスト・ヌレエフコンクール ファイナリスト。 |
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外崎芳昭 |
北海道出身 1957年、松山バレエ団入団。 1978年、文化庁在外研修員として1年間留学(ニューヨーク・コペンハーゲン・ロンドン)。 1987年 橘秋子助演優秀賞受賞。1994年までの間、松山バレエ団の全作品に出演する。 1994年 この年から石神井バレエ・アカデミーを中心に各地のバレエスタジオの指導に専念する。 主な振付作品: 「ジゼル」「くるみ割り人形」「コッペリア」「ドン・キホーテ」他 NBAバレエ団 元会長 石神井バレエ・アカデミー 主宰 |
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木俊徳 |
1964年、立教大学経済学部卒業。チャイコフスキー記念東京バレエ団に入団。在団中、ヴァルラーモフ氏、メッセレル女史、タラーソワ女史等に師事。1977年、東京バレエ団退団後、井上博文バレエ団にて「白鳥の湖」の王子、「火の鳥」のイワン王子、東京バレエセンターにて「シンデレラ」の王子、日本バレエ協会にて「コッペリア」のフランツ等踊る。1981年、日本バレエ協会夏季定期公演にて新人賞を受賞。1982年、同上の公演にて振付奨励賞を受賞1983年、文化庁助成日本バレエ協会第6回「全国合同バレエの夕べ」にて「古典交響曲」を振付。文化庁派遣在外研修員、及び、日米交換芸術家として選ばれ、ニューヨークにて一年間、アメリカン・バレエ・シアター、ジュリアード音楽院、メトロポロタン・オペラ・バレエ団等で研修。1986年、日本バレエ協会24回公演バレエフェスティバルにて「ジャンヌ・ダルク」を創作。1988〜94年高木俊徳バレエ公演において「額田部皇女」など多くの作品を振付。「細川ガラシャ夫人」がSTBバレエ団(Southern
Ballet Theater) のレパートリーとなり、振付のため渡米。フロリダにて上演。その他、スタジオ一番街サンデーパフォーマンスにて「ロメオとジュリエット」「美を見し者は」等創作。現在、日本バレエ協会常務理事、セッション・ハウス、カザミアダンススタジオ、井上バレエ団にて講師、振付師を務める。 |
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田中静香 |
満3才 札幌舞踊会に入所(千田モト先生)
昭和51年に大宮市にバレエ研究所開設後
余バレエアカデミーにて
教師クラスに所属し、教授法を学ぶ。
現在、日本バレエアカデミー・NBAバレエ団理事として
コンクール審査員等で活躍中。
日本バレエ協会・埼玉県舞踊協会会員
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中島伸欣 |
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永野百合子 |
故、橘秋子女史、牧阿佐美氏に師事。1969年、「白鳥の湖」2幕主演にて橘バレエ学校卒業。以来、バレエ学校教師、日本児童バレエ団(現在の日本ジュニアバレエ団)の教師を務める傍ら、牧阿佐美バレヱ団団員としてすべての公演に参加。主な役柄は、ジャック・カーター氏の「パ・ド・フィアンセ」「スタジオーニ」のソリスト、橘秋子氏振付「角兵衛獅子」の妹役、橘バレエ学校創立25周年記念公演にて「白鳥の湖」のオデット・オディール、小林恭氏振付「ドン・キホーテ」1幕のキトリ、1978年NHKバレエの夕べ「白鳥の湖」ナポリターナで出演。ジャック・カーター氏振付初演の「くるみ割り人形」でコロンビーヌ、芦笛、テリーウェストモーランド氏振付初演の「ライモンダ」で友人役ヘンリェッタ。他に「ジゼル」ペザント・パ・ド・ドゥ、四羽の白鳥など。1979年退団。地元、東久留米滝山に「白ゆりバレエ教室」を開設。後進の育成に力を注いでいる。2002年よりNBAバレエ団団員教師を務めており現在に至る。NBAバレエ団公演復刻上演版初演の2003年「くるみ割り人形」、2004年「エスメラルダ」、2005年「コッペリア」のアシスタントミストレス、アシスタントディレクターを務める。NBA全国バレエコンクール審査員。息子の永澤博之(16歳)が、オーストラリア国立バレエ学校に留学中。 |
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西優一 |
京都にてバレエを始め、翌年2月牧バレエ団入団。その年の12月にバレエ開始1年で「くるみ割り人形」の主役に抜擢される。その後、「白鳥の湖」全幕のジークフリード王子、「眠れる森の美女」全幕のデジレ王子、「ジゼル」全幕のアルブレヒト等の主役を踊る。第2回埼玉舞踊コンクールの第1位金賞。1976年に東京で開かれた第1回世界大屋バレエコンクールでは銅メダルを受賞。その後、牧阿佐美バレエ団ヨーロッパ公演に参加し、三ヶ月間イタリア、フランス、ロンドン、イスラエルを廻る。また、第1回、第2回のアメリカ世界バレエコンクールにパートナーとして出演。1983年、東京新聞主催日本バレエコンクールシニア部門の第1位の輝かしい栄冠を得る。毎年このコンクールには指導する場として上位入賞を連続果たし、この経験を生かしバレリーナを育成する手腕は高く評価されている。1990〜2003年、アメリカ、ヨーロッパ研修数十回。牧阿佐美、レイモン・フランケシティ、ボリス・アキモフ、漆原宏樹、宮城昇等に師事し、そのバランスのとれた教授法には定評があり、春、夏、冬に特別レッスンを行っている。今年から少人数クラスを月1クラスづつ開設している。それぞれのクラスは特徴や違いがあり、そのノウハウもユニークな中に確固たる信念に基づいている。 |
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早川恵美子 |
幼少より橘秋子バレエ団の教師であった母、早川和子より師事を受け、6歳で橘バレエ学校に入学。同バレエ学校第5回卒業生。1957年、牧阿佐美バレヱ団結成時、最年少で参加。記念公演で「白鳥の湖」オデットを踊る。同年アレキサンドラ・ダニロワ公演に大原永子らと共に「四羽の白鳥」で出演。1964年、同バレエ団退団。早川惠美子バレエ研究所を開設。1965年、スターダンサーズ・バレエのアントニー・チューダー公演のオーディションを受け、公演に参加。以後、同バレエ団に所属。1970年退団まで全公演の主要パートを踊る。1972年、井上博文バレエ団において、主役を務めるかたわら、教師・バレエミストレスを務める。井上バレエ団退団後フリーとなり、日本バレエ協会、東京バレエセンター、スターダンサーズ・バレエ、東京バレエグループ、佐多達枝リサイタル等で活躍。1983年9月、東中野の「スタジオトゥループ」に早川惠美子・博子バレエスタジオを開設。1988年、岡山県芸術祭25周年記念公演において「コッペリア」全幕を振付。1990年5月、早川惠美子・博子バレエスタジオ第1回公演を開催以後、毎年定期的に公演を続けている。その他、日本バレエ協会、オペラの振付等を担当。1993年、第4回公演「愛の妙薬」において博子と共に、平成5年度(第48回)文化庁芸術祭賞を受賞。2002年、日本バレエ協会理事に就任。 |
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堀内 充 |
幼少より両親の元でバレエを始める。1981年モスクワ国際バレエコンクール男性銅賞受賞。1983年ローザンヌ賞を受賞し、NYのスクール・オブ・アメリカンバレエに3年間留学。帰国後1991年より東京・大阪で新作活動を開始し、新国立劇場バレエ団・東京シティバレエ団など多くのバレエ、オペラ、ミュージカル公演に客演。1994年グローバル森下洋子清水哲太郎賞受賞。
現在ユニークバレエシアター所属。新国立劇場バレエ団登録ソリスト、大阪芸術大学助教授。 |
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本田世津子 |
谷桃子バレエ研究所を経て谷桃子バレエ団入団。1年後、ソリストに昇格「白鳥の湖」パ・ド・トロワ、大きな白鳥、「ジゼル」ミルタ等バレエ団全公演に参加。その後チャイコフスキー記念東京バレエ学校開校にてS.M.メッセレル女史、A.M.バルラーモフ氏に師事。バレエ学校解散に伴いバレエ団に復帰、都民劇場合同公演「白鳥の湖」で主役デビュー。後にS.M.メッセレル女史の推薦でボリショイ劇場にてゲルト女史の指導を受ける。又、ロンドン・フランス・ベルギー等で研鑽を積む。
国内では谷桃子バレエ団公演他、NHKバレエの夕べ、日本バレエ協会公演などで重要な役柄を踊る。80年バレエ団退団以降は後進の育成・指導・振付に従事、舞台でも脇役として活躍。現在スタジオSTEP-1主宰。
サカモトミュージックスクールバレエ科主任講師。日活俳優科講師。 |
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森仲悠子 |
クラシックバレエを小牧正英、小川亜矢子に師事、現代舞踊を本田重春、河野 潤に師事。 現代舞踊美術祭参加作品に多数出演。 東京女子体育大学卒業後、森仲悠子バレエアカデミー開設、現在に至る。 日本バレエ協会会員 現代舞踊協会会員 ,森仲悠子バレエアカデミー主宰 |
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ゆうきみほ |
ゆうき みほ
橘バレエ学校を卒業後、牧阿佐美バレヱ団入団。橘秋子、牧阿佐美に師事。
ニューヨークに留学後、
1971年TBSドラマ「赤い靴」主演。
1978年ベルギー王立バレエ団と契約。
1985年橘秋子賞優秀賞受賞。
1988年服部智恵子賞受賞。
現在、バレエスタジオ・パートワン主宰。牧阿佐美バレヱ団団員。橘バレエ学校教師。 |
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若松美黄 |
1934年、札幌生まれ。1959年「6人のアバンギャルド」共催。以来、現代的なダンス活動を展開。ブトウからヒップホップまで、国際的なプロデュースを行っている。
筑波大学名誉教授・日本女子体育大学客員教授 世界舞踊連盟環アジア日本会長・舞踊学会会長
1999年 紫綬褒章受章 |
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統括責任
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代表
久保栄治 |
8才からバレエを始め、当時の共産圏でバレエ学校を2年間学び、東京バレエ団を経て牧阿佐美バレエ団で活躍、地元秩父市の教育功労者として活躍する傍ら、忙しい事務局長を兼任している。
東京都出身。
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有川由夏 |
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